カテゴリー「つぶやき 独り言」の記事

2016年2月 4日 (木)

足元には何がある

普段歩いているとき 今踏みしめているものが自分の重量を支えていてくれるなんて考えないでしょう 
しかし地球上にいる限り引力により常に自分は地球に向かって押し付けられているのです

地上を歩いている時、足元の地面は当然のことながら自分の重さを支えてくれています
その地面も時として重さを支えきれず崩壊することもあります
でも、それはその場所に自分の重さを預けてこそ崩壊が始まるのです

そう、その瞬間まで崩れるなんて誰も思っていないところで起こるんです
自分の足元がどうなっているのか誰も気にしない、崩れないものと思い込んでいるのだから。

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2015年7月18日 (土)

せみの声 クマゼミが

今年初めてのせみの声を聞いた 
最近の毎年のように、クマゼミの声だ

クマゼミは先週の暑さに反応し、今週の少しの涼しさを夏の終わりと思ったのかもしれない。

あちこちでクマゼミの鳴き声が聞こえる。
アブラゼミはいつごろ出てくるのだろうか。

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2014年10月18日 (土)

フィリピン  私の知らなかった世界

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今日 キャノンギャラリーで スモーキーマウンテンレポートを見ました  
私の知っているフィリピンとは、かけ離れた別世界を目の当たりにして、しばし唖然でした。

私の知っているフィリピンは、今から40年も前のことで、当時は団体の観光旅行として行っていたのですが、このような場所があることすら全く知りませんでした。

たった今もこの状態が存在しているとしたら、・・・・  日本はやはり平和なんでしょうか

撮られている人たちの笑顔が 心にしみます

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2012年12月31日 (月)

年末に考えること  その三

崩壊に向かいつつある世界の経済   経済秩序というものは このまま続くのだろうか  

存在しない 事実上架空の金を動かすことによって成り立ってきたマネーゲーム   
見かけ上の取引高を上げて手数料を稼ぐという方法で、実際に補償金として入っている金の、時には数十倍もの金額を動かしてきた信用取引。  金融証券取引業界は 一度この方法で崩壊を起こした後、さらに信用を拡大させた異常なまでの金融商品、コンピュータの力によって 実際にはいかさまともいえる債券を発行し、世界中にばらまくと同時に これを担保としての信用取引を行えるようにするという、実体経済とはかけ離れた 異常なまでの規模のマネーゲームを繰り広げることになる。

本質はいかさまそのものだけど、巨額な利益を上げたやからも少なからずいた。  だが、  彼らが吸い取った金が市場に戻らないことになると同時に、 コンピュータの申し子のような債権が償還不能ということが発覚し、すべてがいかさまであったことがわかると、一挙に世界中の金融経済機構が連鎖崩壊を起こし始める。  

リーマンショックといわれるものが どれほど世界経済に大きな傷を残したか アメリカは一時しのぎのために、絶対返済できないような金額を国債として発行し、経済システムを支えた。 一時しのぎだということがわかっているのに・・・・・・・    

他の国では、一挙に経済規模が縮んでしまい、失業者があふれ、政府が国債を発行して、失業者の救済をするという、経済のあるべき形とは程遠い、国が借金をして国民を養うという、間違った形が世界の当り前になっていく。  

この後しばらくは中国が経済発展の中心のような状態になり、世界の経済は中国によって支えられていった。  しかし、ついに中国経済も破綻の兆候が出てきてしまった。   そして、ヨーロッパでの国レベルでの経済崩壊が表面化する。  

恐るべきことに、この経済の混乱にうまく乗り込んで巨万の富を得たものがいるということだ。  まるでこうなることがわかっていたように。   結局 世界のほんの一握りのものの手元に莫大な金が転がり込み、 世界の経済から金が抜かれたことになる。  世界は規模縮小した経済を膨らませるために さらに返済不能の国債を発行し続けなければならなくなった。  

経済規模の縮小に伴い、世界中に失業者があふれ、政府は失業者の救済を迫られ、企業は赤字の穴埋めに追われ、本来の政府の収入 税金は減る一方。   それでいて、経済を支えるため、お金は市場にほとんど無制限というレベルで 供給し続けられている。   

このままでは、やがて世界中のお金の価値が崩壊することになりかねない。  現在の経済構造が維持できなくなったとき、世界はどのように変わっていくだろう  

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2012年12月30日 (日)

年末に考えること  その二

日本の技術はどうなっていく  世界一を取り戻せ  

思い起こせば もう十五年くらい前のことか  
日本はバブルの崩壊という ひどいことを経験し 国内市場の縮小、値段の安いものを開発しないと販売を維持できないという困った世界になっていた。   
そんな中、日本の高度成長を支えてきた技術者たちが一斉に定年を迎えることになる。  

日本の企業は彼らに新しいものの開発を期待するのではなく、彼らの弟子たち 若者に開発を託す道を選んだ。  世界一の技術を作り出した者たちが強制的に引退させられる。  

これを見ていた外国の企業は、彼らを優遇すること、そして技術の開発の継続を約束して 招き入れた。  もちろんこの事実は日本企業も知っていることなんだが。  
だがこの技術流出がその後世界中から日本の技術を世界中が使える性能と低価格の製品を生み出すこととなる。  

さて日本はというと、若い技術者たちは国内の需要を取り戻そうと 四苦八苦しながら日本人が喜びそうな高性能を開発し一生懸命努力していた。  そう世界中に輸出していることを忘れていたのかもしれない。  世界ではより低価格で性能のいい外国製品が一気に販売量を増やしていたにもかかわらず。  

ある日、気が付けば日本国内市場でも海外製品のほうが低価格で、人々の注目を受ける時代になっていた。  まさに日本の技術人は師匠たる技術者の率いる低価格高性能製品に市場が凌駕されるのを 指をくわえてみているしかなかったのだ。  結局国内企業は大きな業績低下を余儀なくされ、再生できるかどうかさえ心配されるところまで来てしまった。  

だがこれですべてが終わりではない。  師匠たちは弟子が死に絶えるのを期待しているわけではないのだと思う。  必ず より強くなった外国に勝てる力をつけてくると思っているのだと思う。   お互い切磋琢磨してもう一つ上の世界へ登ろうとしているのだ。  

日本の企業は赤字に基づくリストラではなく、世界に戦いを挑む 最高の技術集団を維持し、開発を進めることこそ世界の中で生き残る 最善の方法だと思う。  できれば一刻も早く世界が驚く新技術を だれもまねできない低価格で実現していくことを 当然とする、新しい日本を作り出してほしい。  

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2012年12月29日 (土)

年末に考えること  その一

放射性物質  原子炉  そして核兵器  

放射性物質はウランだけじゃない ということは科学者ならよくわかっている
にもかかわらずウランを燃料とする原子炉が、世界中に無数といえるほど作られた。
ウランを燃やせばプルトニウムができることは、周知の事実。
だから北朝鮮やイランに原子炉ができることを恐れている。   

でも、世界中にある原子炉はどうして問題にならないんだろう   
世界機関が監視しているから大丈夫というのはどういうことなんだろうか  
実際、使用済み核燃料にはプルトニウムが含まれており、これを精製できれば確実にプルトニウム爆弾が作り出せる。  

実際には、燃料棒を再精製して使用するということは、あまりおこなわれないようだ。
何しろ、原子炉から運び出す・精製工場まで運ぶ・作り直した燃料棒を原子炉へ運び込む。  
このすべてが、テロリストの標的になる可能性が高いし、運んで精製するのに、現在のように兵器用核物質が有り余っている状態では、プルトニウムを抽出することがあまり意味がなくなっている。  核兵器を維持管理する費用もコスト高過ぎる。   

結局、核兵器用のプルトニウムを世界中の原子炉で作ってもらい、燃料棒の再精製ということで、プルトニウムを安価に手に入れるという目論見は、見事に外れてしまった。   
おかげで、非核三原則のある日本ですら自前で燃料棒の再生処理をする、なんていう、言ってみれば暴挙に出たわけ。  日本はもっとすごいこと考えて、プルトニウムまで燃料に使おうと考えているみたいだけど。  

さて、ここで使用済み燃料棒のことを見てみよう。
本来、使用する前より使用後のほうが危険なものになっているのに、なぜか原子炉の横にある使用済み燃料棒貯蔵水槽に大量に保管されている。  
原子炉の横に置いてあっても、使えなくなっているんだから意味ないと思うんだけど。  
それに冷却し続けないと、核反応が徐々に進んで、熱崩壊を起こしてしまう。  

早くゴミ捨て場に捨ててくればいいのに。  とはいうものの、こんな放射線の強いごみは本来地球上に捨てる場所はない。  いっそのこと、地中深くマントルに放り込んでやればいいのかも。    現在の原子炉は、どこもここも捨てる場所のない使用済み燃料棒を大量に抱えて身動きならない状態のところばかりのようだ。  

2011年3月11日 地震と津波により福島の原子力発電所は破壊された。  
原子炉が制御不能になるということが、どんなに危険なことか、チェルノブイリ原発事故以後、いつの間にか忘れ去られていたことが、この時代になってもまたおこったということが、世界中の人々にどんなに恐怖をもたらしたことか。  
そして、大きくは取り上げられていないようだが、壊れた使用済み燃料棒貯蔵水槽の恐るべき放射線量と、とてつもない危険性は、いまだに何も解決していない。  

人間は、核兵器のコストを少しでも下げるため、原子力発電所をそこらじゅうに作った。  
人間のあさはかさが、今日の人間社会を作り出している。  
現代の人間の住む都市では、膨大なエネルギーを必要としている。  
何かでそのエネルギーを作り出さなくては生きていけない。   
それが、風力であろうと、太陽光であろうと、波の力であろうと、地熱であろうと、少なからず地球環境に影響を与え、その結果がなんであるのか、まだだれも知らない。  

人間がこれから生きていくためには、今使っている量の一割程度までにエネルギー使用量を減らすことのできる、とんでもないほどの技術革新が必要だ。  
人間の英知が、この道を選択するかどうか     
恐ろしく少ないエネルギーを、全く無駄なく使えるようになる。   そんな世界を早く作りたい。  

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2012年12月13日 (木)

北朝鮮 ミサイル

ロケットを発射する  正確な予告もなしに発射するということは、空の交通安全に大変な脅威であるとともに、宇宙空間でも危険な物体が正確な軌道計算ができない状態で飛んでいるということなのだ。  
こんなことをやってのけるということは、全世界を危険に巻き込むことをいとわない。 そんなことが見え隠れする。  

北朝鮮は、中国・日本・韓国・アメリカの微妙な不協和音を大きくするがごとく、これらの国に圧力をかけるためにやっているということなのか。  
日本に住んでいるものからすれば、ほんとに困ったものだ。  

ちょっと見方を変えてみると、周りの国へ結果として、実力行使をしているような、非常に危ない状態なのかもしれない。  今の指導者は果たして金正日の部下たちをうまく使っていけるのか。  

日本は、戦後67年なんていって もう半世紀以上武力行使という戦争というものを経験していない。  戦後という言い方がもうすでに間違ってきているのか、戦争が始まるまであと何年ということのほうがいいのか。  最近の世界情勢は、いつどこで何が起きるかわからない。 単なる小競り合い(内戦というべきか) のはずだったことが、いつの間にか多くの国を巻き込む事態に発展してしまうことになることがありうる。  ほんとにちょっとした手違いから核ミサイルが飛び交う事態になることすら考えられる。  

最悪の事態になることは何としても避けてもらいたい。  人類がまだこれから発展していくためにも。  

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2012年11月29日 (木)

日本の原子力利用はどうなっていくのか

もうすく衆議院選挙  脱原発での組織のつながりができてきた   もう一方は稼働停止を宣言している

どっちにしても、本当なら一番大事なはずの、いらなくなった燃料棒をどう始末するのか。  どう見ても触れられたくないこととしか思えない。  

原子力の組織では、地層処分で行こうということになっているようだが、実際にはすべての原子炉が抱えている使用済み燃料棒すべてを埋めてしまうだけの場所は取れない。  

だからこそ、この放射性物質のごみの塊である、使用済み燃料棒を再精製してごみを少しでも減らそうということを言っている原子力の組織もある。  

なんにしても完全な処分、地球上からなくすということはできそうもない。  

思い切って太平洋プレートの中10Kmくらいの深さまで、水深が3000mあるんだから海面からは13Kmになるのかな。  この深さまで燃料棒を埋めてしまえば50万年くらいは大丈夫かもしれない。  本気で処分を考えるなら、これくらいのことはしてもらいたい。  この処分にかかる費用は、本来は原子力発電のコストに含まれていなければならないもの。  処分にかかる費用を無視してコストを計算していたなんて、関係者の方は今更言えないんだろうな。  

原発をやめるにしても、稼働を停止するにしても、使用済み燃料棒をどうするかをはっきりと選挙の争点にしてもらいたい。  地球の未来がかかっている。  

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2012年11月28日 (水)

原子炉燃料棒

原子炉を使わないようにする 今後廃止する  いいことだと思う   
でも原子炉をこれから作るのをやめるというのは、大きな価値があるのだが、現実には日本の中に、すでに稼働したことのある原子炉が山ほどある。  
すでに使っている原子炉を処分するには、そこに貯めこんである、燃料棒・使用済み燃料棒を確実に安全に、絶対に生命体の手の届かないところへ捨てるしかない。  根本的には地球上ではだめだろう。 かといって、宇宙空間に放り出すことが安全な処分とは言えない。 

人間が放射性物質を安全に廃棄するためには、放射性を消滅させることができるようにならなければ、可能にならないのだ。  これができればすごいんだけど。   

地球上で核物質を作っている国、企業。使っている国、企業にとって核物質はとてつもなく高価な物質で、たとえ使用済みとなっても大きな価値のある物体として、認識されることにより、見かけ上の核物質のコストを安く見積もってきた。  ほんとは捨てることもできないゴミなのに。  

現在の人間の技術能力では、核物質を安全に廃棄するということを実現しようとすれば、途方もない費用がかかると、計上しなければならなくなる。  こうなれば、原子力発電は、他のどのような発電方法よりも、コストの高い発電方法ということがわかってしまう。  

福島の大事故というより大事件によって、今まで世界中が暗黙の了解をしていた、核物質の処分方法がないということが、表に出てしまった。   でも、なぜかニュースに大きく取り上げられることはない。   どこかで誰かが、黙らせているのだろうか。   

核燃料は兵器用核物質の転用として、まさにコストのかかる核兵器を、いかにコスト削減するかというところから 来ているのだから 世界を牛耳る人たちからすれば、原子力発電所を世界中に作ることが、膨大な利益を生み出すことになるんだろう。  

福島以後、一時的に原子炉の新設は止まった。 がしかし、いつの間にか原子炉建設の商談が、世界のあちこちから聞こえてくる。  世界を牛耳る人たちの飽くなき利益追求からか、それともまだ他に理由があるのか。   

現在、福島では、壊れかけた使用済み燃料棒プールから燃料棒を他の場所に移動する計画を立てている。  このままでは、もう一度地震があれば燃料棒プールが壊れ、使用済み燃料棒が大気中に放り出されることになるのだから、福島は今後10万年は人が近づけない場所になる。  これは日本の存在を否定することになるだろう。  

しかし、無事燃料棒をプールから取り出して移動するとしても、どこへ持っていけばいいのか。  ほんとの答えはまだ出ていない。  

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2012年11月18日 (日)

森光子さんをしのんで

NHKで、今追悼の番組をやっている   
いろいろな話が聞けて、懐かしいというよりも、たった今、まだそこに森光子さんがいるような、不思議な気持ちになってくる。  もう亡くなっているのだということが間違いのようなそんな気がしてくる。

つい最近主演のドラマを見たような気がする。   まだこれから新しいドラマが始まるような気がする。   ほんとにもういないのかと、納得すべきなのかと、自分に問いかける。   

私の生まれる前からいろいろな修羅場ともいえる経験をし、私のテレビ人生の多くの場面に登場し、いろいろなことを教えてもらい、そして、つい最近までその年齢を感じさせない活力を目の当たりにし、私の元気にもつながっていたのかもしれない。   

ハイビジョンの映像で見ていると、まるでそこに存在するように感じる。
私の撮っている写真も、いつかはこのように見てもらえる時が来るのだろうか。
価値のある写真を多く残せることはきっと未来に役立つことになると信じている。  

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