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2012年12月29日 (土)

年末に考えること  その一

放射性物質  原子炉  そして核兵器  

放射性物質はウランだけじゃない ということは科学者ならよくわかっている
にもかかわらずウランを燃料とする原子炉が、世界中に無数といえるほど作られた。
ウランを燃やせばプルトニウムができることは、周知の事実。
だから北朝鮮やイランに原子炉ができることを恐れている。   

でも、世界中にある原子炉はどうして問題にならないんだろう   
世界機関が監視しているから大丈夫というのはどういうことなんだろうか  
実際、使用済み核燃料にはプルトニウムが含まれており、これを精製できれば確実にプルトニウム爆弾が作り出せる。  

実際には、燃料棒を再精製して使用するということは、あまりおこなわれないようだ。
何しろ、原子炉から運び出す・精製工場まで運ぶ・作り直した燃料棒を原子炉へ運び込む。  
このすべてが、テロリストの標的になる可能性が高いし、運んで精製するのに、現在のように兵器用核物質が有り余っている状態では、プルトニウムを抽出することがあまり意味がなくなっている。  核兵器を維持管理する費用もコスト高過ぎる。   

結局、核兵器用のプルトニウムを世界中の原子炉で作ってもらい、燃料棒の再精製ということで、プルトニウムを安価に手に入れるという目論見は、見事に外れてしまった。   
おかげで、非核三原則のある日本ですら自前で燃料棒の再生処理をする、なんていう、言ってみれば暴挙に出たわけ。  日本はもっとすごいこと考えて、プルトニウムまで燃料に使おうと考えているみたいだけど。  

さて、ここで使用済み燃料棒のことを見てみよう。
本来、使用する前より使用後のほうが危険なものになっているのに、なぜか原子炉の横にある使用済み燃料棒貯蔵水槽に大量に保管されている。  
原子炉の横に置いてあっても、使えなくなっているんだから意味ないと思うんだけど。  
それに冷却し続けないと、核反応が徐々に進んで、熱崩壊を起こしてしまう。  

早くゴミ捨て場に捨ててくればいいのに。  とはいうものの、こんな放射線の強いごみは本来地球上に捨てる場所はない。  いっそのこと、地中深くマントルに放り込んでやればいいのかも。    現在の原子炉は、どこもここも捨てる場所のない使用済み燃料棒を大量に抱えて身動きならない状態のところばかりのようだ。  

2011年3月11日 地震と津波により福島の原子力発電所は破壊された。  
原子炉が制御不能になるということが、どんなに危険なことか、チェルノブイリ原発事故以後、いつの間にか忘れ去られていたことが、この時代になってもまたおこったということが、世界中の人々にどんなに恐怖をもたらしたことか。  
そして、大きくは取り上げられていないようだが、壊れた使用済み燃料棒貯蔵水槽の恐るべき放射線量と、とてつもない危険性は、いまだに何も解決していない。  

人間は、核兵器のコストを少しでも下げるため、原子力発電所をそこらじゅうに作った。  
人間のあさはかさが、今日の人間社会を作り出している。  
現代の人間の住む都市では、膨大なエネルギーを必要としている。  
何かでそのエネルギーを作り出さなくては生きていけない。   
それが、風力であろうと、太陽光であろうと、波の力であろうと、地熱であろうと、少なからず地球環境に影響を与え、その結果がなんであるのか、まだだれも知らない。  

人間がこれから生きていくためには、今使っている量の一割程度までにエネルギー使用量を減らすことのできる、とんでもないほどの技術革新が必要だ。  
人間の英知が、この道を選択するかどうか     
恐ろしく少ないエネルギーを、全く無駄なく使えるようになる。   そんな世界を早く作りたい。  

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