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2012年2月11日 (土)

記憶しているということ とは

今、古い写真を見てみると、そこがどこだか、誰が写っているのか、皆目見当がつかないものがある。  フィルムがあるんだから、自分で撮ったもののはずなのに、なぜか全く記憶にない。  もっとすごいことは、自分が写っているものもあるのに、その時の情景が全く出てこない。  その時、その場所に存在したのは、今の私ではない、別の私なんだろうか。   そんなはずはないんだが。・・・・・・    

自分では、結構昔のことでも、覚えていると思い込んでいたのだが、いざ、このような写真を見ると、自分が何を記憶してきたのか、わからなくなりそうだ。   

そういえば、毎日の暮らしの中でも、あいまいどころか、記憶が欠落しているのではないかと思えるくらい、全く思い出せないことがいくらでもある。  人は、いったい、何を、どのように、記憶していくのか。 記憶しているとはどういうことなのか。  

そうそう、全く思い出せないことがあると、さっき言ったが、 不思議なことに、ある時、突然、すべてが見えてきたかのように、思い出すことがある。  脳の中には、この記憶も残っていたということになるのだろうか。  思い出したいときには、全く思い出せないのに。  

覚えている、ということは、いったいなんだろう。    

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