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2011年5月11日 (水)

もう一つの3月11日  3

地震から8時間。 首相の英断により、一番問題であった原子炉は無事収拾できたが、まだ災害の全容がつかめたわけではなかった。  偵察機からの情報は日没までの限られた時間に得られた、断片的なものでしかない。 だがその内容は、アメリカ軍から提供された衛星写真をベースにしてみると、町そのものが壊滅してしまったところが10か所以上あることがわかる。  

非常事態宣言化の地域に対して、政府は土地建物の接収を行うことを決定した。  また、家を失った人々を西日本地域に一時集団移転させることを決定し、西日本地区の公共宿泊施設をはじめ、ホテル・旅館を政府が借り上げ、移住がスムーズにいくよう手配を開始した。

移動には自衛隊の輸送機を使いできるだけ速やかに移動できるよう、展開中の部隊に指示が出る。 今度は家を失った人々の救済だ。  

この連絡を受けた西日本の各自治体はただちに自治体連合協議会を設け、どの地域の人々を受けいれるか調整に入った。  

東日本に展開している自衛隊の総合力が試される時となった。 空港を24時間使えるように整備し、空港につながる道路の瓦礫を撤去するのが夜を徹して行われる。

一夜明けるころには、主要幹線道路の通行が可能になり、空港への道が切り開かれていく。

夜明けとともに、ヘリコプターで孤立している人々の救出が急ピッチで行われる。 空港には次々とヘリで救助された人々が到着してきた。  夜を徹して行われた受入れ地域の決定に基づき、待機している大型輸送機に乗り込んでいった。 町ごと、村ごと、地域ごとにまとまって移住できることにみんな安心しているようだった。 

西日本地区に残っていた自衛隊には、輸送機が到着する空港に待機、避難住民を宿に届けるという重要なまとめ作業がある。 まさに自衛隊全部隊が災害救助を行っている状態になった。 こちらの部隊にはもう一つの重要な仕事があった。 西日本で余っている、各種重機を操縦者付きで帰りの輸送機に乗せることである。 これには、自治体だけでなく、各企業も協力を惜しまなく、十分な数の重機を災害現場に送り込むことができた。  

地震発生から20時間。 政府の思い切った決断により、今はもう、復旧に向けて猛烈な勢いで進んでいる。  

ここからは、東日本地区の工場等の優先的復旧を成し遂げ、世界に対して、日本製品の安定供給を誇示し、国有地を開発して作る高台の新しい街に被災住民の皆さんが無事に戻れるまでの間、日本経済を維持できるよう、災害特別国債(無利息)30兆円をいかに有効に使っていくかが課題になるであろう。

余震はまだまだ続くだろうが、全国民が力を合わせて復旧に向かっていけば怖いものはない!!

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